尊敬語と謙譲語の使い分け

敬語の学習は小学校から始まり、授業で取り上げられるのは、尊敬語、謙譲語、丁寧語の3つです。

日常で使う機会がある丁寧語は、比較的覚えやすいでしょうか。

それに対して、馴染み薄いのが尊敬語と謙譲語です。

研修でも両者の使い分けに苦戦される方を多く見受けます。

そこで2回にわたり、尊敬語と謙譲語の使い分けについて説明することにしました。

まず、押さえたい判断基準は2つあります。

  1. 個人のときは「主語」で判断
  2. 集団のときは「ウチとソト」で判断

本記事には、1の個人についてまとめています。

「自分」か「相手」か

個人で考える場合は、対象が「自分」か「相手」かによって判断します。

これは尊敬語と謙譲語の定義にも表れているように、使い分けにおいて基本となる考え方です。

  • 尊敬語…相手の動作や状態を高めることで、相手に敬意を表した言葉
  • 謙譲語…自分の動作や状態を低める(へりくだる)ことで、相手に敬意を表した言葉

尊敬語をつかうとき

相手を高めた表現にすることで、両者の間に差を生むのが尊敬語です。

差をつけることが、相手に対する敬意なのですね

そのため、主語が相手のときは尊敬語を使います。

お客様がいらっしゃいました」

部長がお出かけになります」

先生がおっしゃいました」

謙譲語をつかうとき

一方、自分を低めた表現にすることで、両者の間に差を生むのが謙譲語です。

そのため、主語が自分のときは謙譲語を使います。

私がいたします」

私が参ります」

私が承りました」

まとめ

今回は尊敬語と謙譲語を使い分ける判断基準として、個人のときの「主語」について解説しました。

主語が相手なら尊敬語

主語が自分なら謙譲語

まずは、ここを押さえたいですね。

なお、尊敬語か謙譲語か判断できても、肝心の言葉を逆に覚えていては正しく使うことができません。

たとえば「参られる」のように、謙譲語の「参る」を尊敬語のように記憶するケースです。

この問題は、敬語を単語で覚えると起こりやすくなります。

「私が参る」のように、主語とセットで覚えましょう。